何故だかフィリピン

誰だぁ〜(笑

そう…貴方は優しかった、これまで出会った誰よりも…

何時も貴方は私を和ませてくれた、私を癒してくれた…

年齢,生まれ育った環境も大きく違うのに、何故か話が合った…

でも…

私は貴方の事が「大嫌い!」…


貴方は私の気持ちを知って居ながら

一度も真剣に私を口説いてくれなかったから…



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  1. 2008/05/05(月) 10:16:57|
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今日って…

7月16日は大地震がルソンを襲った日なんです。
バギオではホテルが倒壊して多くの犠牲者が出ました。

マニラでもかなりの被害が出たのです。
1990年7月16日 月曜日…そう、今年と同じカレンダーなんですねぇ!

一年365日÷7=52週間と1日で4年に一度、閏年が来て366日だからその年は
52週間で2日,平年は一日前年とずれが出来て、閏年が入ると2日ずれが
生じると成ると何年に一度同じカレンダーが使えるのかなぁ〜?(笑

それと、今は連絡が取れなくなったあの娘Mちゃんとの大切な思い出の日
&Eちゃんのうん十回目の誕生日!

Mちゃん2人の大切な記念日おめでとう!

Eちゃん誕生日おめでとう!


でも、2人共90年当時に成人して居ましたから今は…(笑

朝からバタバタと仕事に追い回され一息付いてカレンダーに目をやったら
思い出しました。

またオヤジが昔の思い出にドップリと浸っています(爆



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  1. 2007/07/16(月) 21:52:27|
  2. 思い出
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懐かしさついでに…

俺の初渡比は以前アップしたとおり“追っかけ渡比”です(笑
仕事での初渡比は90年7月14日異常に鮮明に覚えています。

覚えている理由は色々と有るのですが、それは機会が有りましたら
アップしたいと思います。

90年、この頃は短期の打ち合わせ出張だった為に定宿はインターコンと
結構高級なホテルを使っていました。
その頃ニューワールドなど無くシャングリラの建設が始まった頃です。

グロリエッタなども無くパーク・スクエアが新しい形のショッピング・
モールでした。

当時からルスタンはあり、かなり古い感じの建物で高級デパートの
イメージからは程遠かった、1階の食料品売り場があり、
そこに日本語の幟が「サムライ・フード」と称して不味そうな
“たこ焼き”が売っていた。

ルスタンの隣に日本レストラン?金ぷら、現在はグロリエッタに
在ります。

ルスタンとインターコン間は広い駐車場、ルスタンの脇に公園があり、
当時は静かだったこの周辺は、夜間,その公園ではかなり高い確率で
ホールド・アッパーに出会えたそうです(笑

勿論SMも在ったが今の大きさの5分の1程度、DESA側の建物一つだけ、
当時からエキスプレス・キャッシャーがあり結構進んだ考え方?
(多分アメリカの影響だと思われるが)有った

サムライ・フードの幟,Expressのプレートの写真を出して
「これは何でしょう?」とクイズダービーで出題されていた…

グリーン・ベルト1の原型は有った様に思う。
その頃からあそこのマックは24時間店だった。
それ以外は名前の通りのグリーン・ベルト自然を生かした公園
中のドーム型の教会は在った。

パサイロードにカラオケ在ったのかも知れないが記憶に無い!
当時の俺はバー,ブルゴス命だったから(爆

パソンタモはと言うとマカティ・シネマ・スクエアは在ったが
アモンソロのどぶ川で分断されていてパサイロードとヘレラの所に
車が通れる橋があり、その間は人が通れるだけの橋が何箇所か
架かっていた。

兎に角夜になると寂しい所で仕事が終わると急いでホテルに帰って
いたので俺は見た事無いが、フィリピン人の話によると、リトル東京,
きくふじの通りの向かい側には“飾り窓”見たいな物が在ったらしいです。

高級フィリピンレストランのカマヤンは当時からあそこ
(パサイロード沿い)に在った
D’Bossは在ったかどうか記憶に無い…

この頃からマカティの開発が急ピッチで始まって居たので渡比するたび
驚いていました。

単なる湿地帯を意味するマカティ…優雅に暮らす人と、ゴミ箱を漁り,
雨水で体を洗う人達が共存して居るのです。

俺の好きな街です。



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  1. 2007/06/26(火) 13:12:28|
  2. 思い出
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懐かしい…

ジャカルタに赴任して早くも一ヶ月が過ぎネシア語もホボ判らない(笑

その昔,ブルゴス通り近くのマカティ通りは意外と閑散としていて
深夜になるとファースト・フード店を含め食事が出来る所が少なかった。
その頃に重宝していたのが24時間のファースト・フード店のA&W

昨日は極度の二日酔いの俺は昼飯時間になっても食欲が無く
フード・コートに行くが何を見ても食べたくない…
フラフラと歩き回っていると何とも懐かしいロゴが目に入って来た…A&W

マカティ通りのA&Wがクロースになったの何時頃だったか?
ある時期から殆どブルゴスに行かなくなり気が付いたら無くなっていたから…

あそこのハンバーガーが飛び抜けて美味かった訳では無いが他の
ハンバーガーチェーン店とは違う何ともシンプルな感じの味だった様に
記憶している。
特に散々酒を飲んで小腹が空いた時にはとても美味く感じた。

食欲はないが何とも言えない懐かしさからチーズバーガーを注文
正直目では全く食欲無ししかし,一口食べだすと何とも懐かしい味、
ハンバーガーを頬張っている俺がそこには居た…



20070625115511.jpg




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  1. 2007/06/25(月) 12:56:30|
  2. 思い出
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Mちゃん・出会い

「Leoさんご無沙汰です。」
電話の向こうからは懐かしい聞き覚えの有る声・・・だが名前が出てこない

 「数年前にお世話になったKですよ!」
俺「おぉ〜K君かぁ〜、元気にしているかぁ?」
K 「お陰様で・・・」

K君と出合ったのは、俺が地元のスナックでブイブイ言わせていた頃で
K君はあるスナックに居たフィリピン女性に嵌っていたのでした。

当時はフィリピンパブなど無く、日本人スナックに数名のフィリピン人が
サポート的に存在していたのです。

俺「あれから何年経ったかなぁ〜?今,何しているの?」
K 「4〜5年経ちますか?今は転職してフィリピンパブで店長しています」
俺「当時の彼女Gちゃんとは別れたと聞いたけど?」
K 「彼女の事には触れないで下さい。色々あり今はPP店長ですので
  今度飲みに来て下さい」

それから1〜2週間ぐらい後だったと思う、友達と大酒を飲んで帰る途中
K君を思い出し、お店に立ち寄ることに・・・

俺はこの時PPデビューを果たしたのだった!

かなり忙しいお店、女の子は15〜20名程度、お店の大きさの割には
女の子が多いお店でした。

当時は未だセット料金制では無いお店が多くあり、ショットで呑みか
ボトルをキープするかどちらかだった・・・

いち早く俺を見つけたK君は「Leoさん!お待ちしていました!」
何も頼まない間に新しいボトル,おつまみがテーブルに並ぶ!

K 「失礼ですが、ボトルは私からのプレゼントとします」
俺「それは拙いよ!今度来難くなるだろう!」
K 「Leoさんならそう言うと思いましたが、昔お世話になった御礼です」
俺「そんなぁ〜俺は唯Gちゃんとの事・・・ゴメン禁句だったね!」

K君の好意に甘え、ウイスキーグラスを煽り次から次へと来る
女性と馬鹿な冗談を言って楽しい時を過ごした。

何人目に来た女性だっただろうか?
「こんばんわLeoさん、Mです!」

何で俺の名前を?
彼女曰く「私は店長さんと仲が良くてよく貴方の話を聞かされていたの」
「貴方の写真,奥さんの写真も見た事有るよ!車は白い○○○でしょ!」

あらあら全部俺の知っているわ・・・

彼女「私を指名にしてくれない?楽しく飲めるよ!」

俺はPPのシステムなど全く知らず「指名?」何の事やら判らないままに

俺「良いよ!」
M「有難う!Leoさんと一度ユックリ呑んで話して見たかったんだ」

何だか変な女に出逢った晩でした。


またまたジジイの思い出話ですが、お付き合い下さい。
還暦目前のLeoです。(笑


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注:今日のK君と純愛娘Lちゃんが恋したK君とは全くの別人です。
  1. 2007/04/19(木) 00:00:25|
  2. 思い出
  3. | コメント:2

Passion

車で飛ばして約2時間の距離…

3ヶ月以上休みを取っていないので体は疲れ切っている…

少しでも早く寝て明日の仕事備えなくては…

建設現地の朝は早く危険がいっぱい有るのだから…

時計は10時半を過ぎていた…

俺の一言「行きますか?」で現実の物になったあの晩!

バタンガスの田舎から車を飛ばしマニラまで呑みに来たあの晩…

ボルゴスに着いたのは時には日付が変っていた…

明日の始業時間は休日出勤の為何時もより2時間遅れの朝8時!

「さぁ〜呑むぞ!」の俺の一声で始まったバー巡り

午前4時を過ぎたが誰一人帰ろうとは言わない!

数軒のバーが未だ営業している…呑み続けた!

最後のお店を出たらスッカリ夜は明けていた…

午前6時を少し回り慌ててバタンガスに帰る俺達…

10年も前の話になる…当時の俺は呑み事に関して異常な情熱が有った!
  1. 2006/06/19(月) 18:46:50|
  2. 思い出
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怒っているよなぁ〜・3

約束の時間30分前に部屋を出てタクシーを捉まえようとEDSAに出るが
とんでもない渋滞!タクシーは通るものの全て乗車拒否!

最後はお金で解決!30〜40ペソで行ける距離で有ったが
「100ペソ出すから…」と交渉「いや,150は欲しい!」
既に約束の時間を10分過ぎている、交渉して暇は無い!

150ペソ払い漸く約束の場所へ…

「ペナルティー!1時間も遅れて!」とEちゃんに怒られ俺は平謝り!
彼女はフィリピン人は珍しく約束の時間を守る娘でした…

散歩→映画→食事→お酒と、久し振りにまともなデート(笑
昔話から現在までと話すことは幾らでもある

これまでのブランクを取り戻したいかのようにEちゃんは話し続ける

その時の彼女の顔は本当に生き生きとして光っていました。

それから何回かデートを繰り返し久し振りに一つに成る日が来たのです。

E 「Leoアンタに女が居る事は知っているが本当の彼女いるの?」
俺「いたらお前を部屋には連れてこないよ!」
E 「Leoは相変らず遊び人だね!」
俺「今の俺は違うよ!信じられないだろうがね!」

Eちゃんと再会してから何となく、色んな女と遊んでいるのが鬱陶しく成り
自然と1人去り、また1人と…この時点では俺はフリーになって居たのです

それか毎週末はEちゃんと過ごすようになり、次第に平日も彼女が遊びに
来るようになったのです。

当時の彼女は、昔の彼氏(日本人)が生活費として渡してくれたお金を
一生懸命貯め、それを元手に住い兼サリサリストアーを持ち
友人のインド人(金貸し)に投資して生計を立てていたのです。


この頃インド人による金貸しが増え、かなりの高利でかして居ました。
当時「Five,Six」と呼ばれ、5,000ペソを借りた翌日から毎日1,000ペソの
返済を6日間するのです。

一週間で20%の高利ですよ!誰が借りるかとおもうでしょ?
バー勤めの娘が主に借りていたようです。

彼女達は気侭に仕事に行き、嫌になると仕事せず金を借りてでも遊ぶ
血縁者,知人などに借りられなくなるとインド人高利貸しに借りる

いよいよ返済に困ると仕事に出掛け、BFとなる訳です。



何故かEちゃんと居ると心が休まり落ち着く俺でしたが…
  1. 2006/05/19(金) 17:58:52|
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  3. | コメント:15

怒っているよなぁ〜?・2

当時のLeo,俺は遊びの全盛期を迎えていたのです。
来る者は拒まず,去る者は追わず、楽しいお友達作りをしていました。

Eちゃんの指摘通りお付き合いしていた女性が数名居た俺は
何だか後ろめたい気持ちと「例の日本人」が気になり連絡出来ないでいた

あれから2週間ぐらい経っただろうか?久し振りにお店に顔を出した俺

馴染みのウエートレスが俺を見付けるなり「Leoあんたはぁ〜」と
怒った口調で「相変らずEちゃんには冷たいねぇ〜」

電話を掛けない事を散々責められ「チョッと待って居て!」と
カウンターの奥へ…20分後Eちゃんご来店!

何だぁ〜前回もこう言う事ですかぁ〜MちゃんがEちゃんに電話をして
「Leoが来て居るよ!」と呼び出したのかぁ〜

E 「あたりでしょう!彼女が沢山居すぎて忙しく電話出来なかった!」
俺「うぅ〜違うよ!下手に電話したら、お前に迷惑が…」
E 「何でよ!(怒)」
俺「お前彼氏居たろう?日本人の…」
E 「半年前に日本に帰って、今は1人です。アンタとは違って真面目にね」
俺「悪かったなぁ〜不真面目で!」
E 「ほら、ヤッパリ沢山彼女居るんでしょう?」
俺「彼女じゃないよ!友達だよ!」
E 「S○Xフレンドて言うやつ?」
俺「ウルサイ!」
E 「Leo、昔よりだいぶ英語が上手くなっているね!今度はもう少し
 気持ちを伝え合えるね…」
 (何時も強気の顔のEちゃんが、チョッとしんみりした顔に…)

俺「今週末忙しいか?デートでもするか?」
E 「私は完全に1人だから時間は沢山あるよ!」
俺「一言多い!兎に角デートだ!土曜日に夕方、待ち合わせは…」
E 「本当に?」
 (一瞬嬉しいような、悲しいような複雑な表情の後、何時ものEちゃん)
E 「大丈夫?アンタの彼女に刺されなければ良いけど…」

暫く、嫌味の言い合いを楽しくして、この日は分かれました。

Eちゃんと久し振りのデート俺の心は…
  1. 2006/05/04(木) 15:15:03|
  2. 思い出
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怒っているよなぁ〜?・1

「随分と店が増え始めたなぁ〜、あれぇ〜店の名前が変っている」

そう此処はEちゃんが勤めていたバーM,今は名前が変りRとなっている
店構えは看板を除いては変わり無い!

赤い大きなドアを開けると内装がバーDと同じ、またDのオーナーが
買取り経営をしているのです。

ボーと眺めていると懐かしい声で「Leo久し振り!」と顔馴染みの
ウエートレスMちゃんが声を掛けてきた・・・

M 「Leo今回はどれ位滞在するの?」
俺「どれ位になるかなぁ〜?半年位かなぁ〜?」

色んな世間話をしたが、俺の心の中にはEちゃんが居た・・・

何とか切り出そうとするが良いタイミングが見付らない・・・

その晩は結構忙しく、Eちゃんの事を切り出す事が出来ないうちに
Mちゃんは働き出したのです。

昔を懐かしがりながら、ステージを見ている俺・・・
どれ位時間が経ったのだろうか?ビールは既に3本目だった

少し酔いが回り、比較的好みのGROを見つけ目で合図していると
後ろから俺の背中を叩く不届き者が・・・

誰だぁ〜と思い振り返るとそこにはEちゃんが立っていました!

E 「久し振りLeo、貴方の噂は何時も聞いていたよ!」
俺「えぇ〜何の事・・・」
E 「何時フィリピンに来たか、何処のお店に彼女が居るかまでね!」
俺「何で知っているのよ!」
E 「あんた馬鹿?フィリピンに来ると必ずこの通りで遊んでいるでしょ」
俺「・・・」(納得)
E 「今はだいぶ店が増えたが昔は数軒だったし、日本人は少なかったから
  目立つんだよLeoはさぁ〜」

一時間程度Eちゃんと話しただろうか?でも,肝心の事は聞けずにいた
そう,彼女に猛烈にアタックしていた日本人の事を・・・

E 「もう私帰らなくては、Leo,アンタも携帯持って居るんだね!」
俺「あぁ〜会社支給の携帯だけどねぇ」
E 「これ私の携帯番号」
俺「じゃ俺の番号も・・・」
E 「いいよ!貴方の都合の良い時電話して、アンタ彼女が沢山いるから
  変なとき電話すると拙いでしょ(笑)」
俺「そんなこと・・・」

言い訳する前にEちゃんは席を立ち、帰ってしまったのです。
  1. 2006/04/25(火) 11:20:35|
  2. 思い出
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ヤッパリLちゃんが・・・

中々素直に成らない,成れない俺、Lちゃんに仕事の話もせずに
相変らず「馬鹿な遊び人」を演じている俺でした。

L 「Leoさん,私ここを辞める事になったのです」
俺「へぇ〜」
L 「昼間の仕事に戻る事しました。」

平静を装っている俺だが、思いっきり混乱している俺・・・

どれぐらい呑んだのだろうか?
Lちゃんの店を出てからバーの梯子、そして・・・あぁ〜・・・

幾ら考えても良いアイデアが浮かばない「どうしたら・・・」

心底では判っている「素直になればいいのだ!」と・・・
でも,もう一人の俺が否定している・・・
悶々とした日を何日送ったのか?ドンドン時間が無くなる・・・

彼女の最後の仕事に日、俺は何事無いような顔をしてお店のドアを開けた
Lちゃんも何も無いような素振り・・・何だか悔しいような変な気分の俺

何時もより早いペースでグラスを空けて行く俺・・・陽気に振舞うLちゃん

閉店時間が迫って来ている

俺「Lちゃん・・・」
L 「何か?」

これまで見た事も無い素敵な笑顔で俺を見詰めている

今,正直に成らなかったら成るときが無い!

思いの全てを彼女に伝える。
俺の過去,今の状況,行動全てを・・・

全てを知って居たかのようにLちゃんは頷いた・・・

L 「私もあなたの事が・・・でも,貴方は私を愛していないと思う!」

この後色々と言われたがあまり良く覚えていない・・・

あぁ〜振られた・・・当然の結果だった、もっと早く自分に素直になり
しかるべき行動,態度を取っていれば良かったものを・・・

彼女が辞めた次の日も飲みに出掛けた、久し振りにオーナーママが
俺のテーブルに付いた。

ママ「Leoさん良かったよ!彼女を選ばなくて・・・」
色々とLちゃんに関して話をしてくれたが俺の耳には入って居ない
単なる悪口にしか取れないのだ・・・

帰り掛けにLちゃんの親友のMちゃんに呼び止められた
M「Leoさん、ママの話信じちゃ行けないよ!」

オーナーママはLちゃんに女としてライバル意識があったらしく
「Leoは私の良い人だから・・・」と店の女の子に言っていたらしい・・・

M「Lちゃん、貴方の事本当に・・・」
でも,俺は何故か彼女を追い掛けて行く気になれなかったのだった。

それから間もなく俺も建設現地入り、現地は同じフィリピン国内なので
休みが取れれば何時でもマニラに戻る事が出来たが積極的には
戻る気に成れず、約一年間マニラを留守にした。

何だか当時の俺は、親しくなった女性と別れたりする事に対して
非常に恐怖心があり、ましてこちらが好意を持っていると余計に
怖くなってしまったのです。

一年前に彼女を追い掛けてまで話が出来なかったのも又、断られたら・・・
怖かったです。



今,奥様からメールが「何時に帰るの?」
俺の奥さんの頭文字は“L”なんですよ!

Lちゃんと音信不通になり約4年が経った頃、俺の行きつけのカラオケに
チョッとお姉さんの一時アルバイトが来たのです。

そうです!Lちゃんと再会できたのです。

一瞬昔の悪い癖「自分に素直では無い」がでましたが、本当にスムーズに
素直になれ、Lちゃんは今の俺の奥さんになってくれたのです。


何だかお惚気ブログになりスイマセン!
  1. 2005/12/22(木) 20:26:57|
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